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 賭け事で最も重要なのは引き際だ、とは誰の言葉だったか。誰でも良かったが一理あるとウルフウッドは評価していた。カモにされやすいタイプは皆同じだ。自分が乗せられている事に気づかないまま勝ち続け、ペテン師の仮面を女神が微笑んでいると勘違いして賭け金を増やし、脳みそが熱で馬鹿になったところでゴッソリと奪われる。
 今、目の前でカードを落とした男もその類だった。
 ウルフウッドは灰皿の中で死んでいる吸い殻を、数え棒代わりにテーブルに広げ、相手が支払うべき金額を口にした。先程までアルコールで顔を真赤にして豪快に笑っていた男も土気色に変わっていた。手品のように器用な体だと薄情なことを思う。だが一時とはいえ良い夢を見させてやったのだ、ちょっとした余興に金を払ったと思えばいい。劇団やサーカスと同じだ。
 ウルフウッドは新しく煙草を取り出すと、火を点けゆっくりと肺に満たした。演技の緊張が解けると途端に眠くなるが、ここで油断すると踏み逃げされる。ふてぶてしく煙を吐いた。
「財布、さっさと出しや」
 脂汗を浮かべるだけで動かない男に焦れ、空のままの相手のグラスをつかんでテーブルを叩いた。それなりに重たい音が響く。他のテーブルで酒を飲み交わしている客達が、話を続けながらもこちらに耳をそばだてている。見世物ではないのだが、わざわざ追っ払うのも馬鹿らしい。少なくともこちらは穏便に済ませたいのだ。
 ソーセージの残りを食べながら待ってやると、硬直した男は、意を決したとばかりに引きつった顔で前のめりになった。
「も、もう一戦!」
「また明日な」
 目も合わせずに断ると、脱力したように椅子に戻った。戻ったというよりは落ちたの方が適切か。ウルフウッドは口の端についた脂を親指の腹で拭う。
「無一文で賭け始めたわけやないんやろ」
 稀にそんな輩もいるが、こいつの賭け方にそんな度胸は見られなかった。全額は無理でもそれなりには持っているはずだ。
 血走った眼を彷徨わせていた男は、名案が閃いたとばかりに顔を上げた。自身の服を両手で慌ただしく叩き、目的の物を見つけると取り出す。
「代わりにこれでどうだ」
 突き出されたのは小瓶だった。黒く干からびた細長い物体が収まっている。持っている知識の中では萎びた人参を更に乾燥させた物に近いが、それでもこうはならないだろう。
 訝しげな視線に自信を得たのか、男の口は笑みを作った。
「これを売ればかなりの値がつくぜ。これで手を打たないか」
「なんやのこれ」
「プラントの肉片だ」
 反射的に体が退いた。ただの瓶だったはずだが、中でねっとりとした黒い靄が蠢いている代物に変わった。ベーコンが腐ったのとは訳が違うのだ。眉間に皺を寄せる。
「プラントなわけないやろが。仮にそうやったとしても、んなモンどないせぇっちぅねん」
「プラントの死骸は高値で売れるんだ」
 男は声のトーンを落とし、ひそめた。テーブルの上に両肘をつくと裏取引でも持ちかけるように猫背になる。
「もちろん生きてるのに手を出すヤツなんかいないさ。だが死んじまえば問題はないだろ? あれだけの力を持ってるんだ、死骸にだって養分がたっぷり詰まってるに決まっている。大っぴらに売ることはできないが、研究やコレクション目的で欲しがってるやつはゴマンといる。あとは万病を治す薬になるってぇ話だ。漢方薬ってやつだな。だが、高値がつく一番の理由は別だ」
 男は更に声量を絞る。酒で濁った眸が暗く光った気がした。
「肉片を摂れば不老不死になれるって話だ。金だけは余らしてる連中が、気も狂いそうなほど欲しがってる。なんてったって寝食もいらなくなるって話だからな。これを売ればさっきの賭け金なんて端た金だ。どうだ?」
 身を引いたまま、不穏な瓶に目を細める。
 プラントの死体処理の仕方は知らなかった。調べればすぐに判るのだろうが専門家に任せればいいことだ。たとえ厳重に保管されるモノだとしても、抜け道があるのはお決まりだが。何にせよ頭を使うべき場面ではない。
 ウルフウッドは視線を逸し、深く吸い込んだ煙を気怠そうに吐き出した。
「せやったら今から金持ちに売っぱらってきぃや、そのぐらいは待ったる。その前に、財布は人質として置いてき」
 当てが外れた男は息を止め、やがて諦めたのか肩を落とした。大人しく財布を取り出す。立ち上がる気配はない。
 ちまちまと小額の札を数え出すものだから、財布ごと奪って中身をいっぺんに広げた。擦り切れてヨレヨレになっている財布にしては肥えていた。賭け金と比べるとそれでも足りないが、こっちだってハナからそこまでのカモだとは思っていない。ウルフウッドの分を含めたこの店の払いだけを財布に戻して男のグラスの横に置いた。残りは自分の財布に食わせる。これも年季は入っているが太るとそれなりに映える。
 店を出ようと立ちかけたところで、男が空のグラスをテーブルに叩きつけた。威嚇や攻撃の意図はなく、ただの当たり散らしだったのだろう。繊細ではなかったが重厚でもないグラスは割れ、細かい破片が飛んだ。その一つがウルフウッドの指を切り、裂けた皮膚から一条の血が流れた。それだけだ。男がなにもしてこないのを確認すると、手を振って血を払った。かすり傷とも呼べない程度だ。
 ウルフウッドは財布をしまうと男を一瞥もせずに店を出た。
 宿に戻ると、ヴァッシュが上半身裸のまま濡れた髪をタオルで拭いていた。こちらを見ると朗らかに微笑む。機械の片腕は外したままだった。ウルフウッドの眉が曇る。
「……負けたの?」
「勝ったわ。大勝ちや」
 舌打ちするとドアを強く閉め、傍の壁に立ったままもたれた。その割には機嫌悪いねぇとヴァッシュはのんきに述べる。ウルフウッドは鼻を鳴らした。
 この男の体は見栄えが悪い。抉れた深い傷、無骨なネジ、金属のプレート、失った片腕。名誉の勲章と言うには脳天気すぎる顔をしている。間抜けな事故に遭ったという態だ、見ていて楽しいものではない。食用に加工しても筋ばかりで不味そうだ。こんな肉のどこに価値があるというのか。
 水気を拭き取ったヴァッシュは義腕を手にした。足りない部分を補おうと左腕にあてがう。
 その背後にウルフウッドは音もなく立った。ヴァッシュは首だけで振り返り、瞬きをする。
「なに?」
 この男の意志に興味はない。目を合わせず口を大きく開き、剥き出しの肩に歯を立てた。僅かだが血の匂いと味が広がる。
「ぎゃぁぁっ!」
 予想していたより大きな悲鳴に驚き、離れた。歯型が残った肩には、八重歯二本の位置でぷっくりと血が球を作っている。垂れるほどの量ではない。この男は大げさすぎるのだ。
 肩に触れたヴァッシュは、赤いシミができた指先を見ると嘆いた。
「動物じゃないんだから不満があるなら口で言いなよ。なんで嫌がらせしたの」
「別に」
 ウルフウッドはベッドの一つに仰向けに倒れ込んだ。片手をかざす。鉄の味が残る牙を舐めた。血が滲んでいる傷は消えない。
「こんなんで不老不死になったら苦労せぇへんと思っただけや」
「はぁ?」
 怒っているヴァッシュには取り合わず、ウルフウッドは溜め息と共に瞼を閉じた。
毒にも薬にもならない
毒にも薬にもならない2
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