洗濯物は太陽光で干すのが一番早いしエネルギー使わないし人として当たり前の姿だから、というのが理由らしい。ウルフウッドは山と盛られた洗いたての衣類を入れたカゴを片手で一つずつ抱え、ジェシカに案内してもらいながらサンルームを目指した。
 シップ内の仕事は当番制で洗濯は男女別に行っているという。下着の扱いを考えれば妥当だろう。家族単位ではなく住居ブロックごとで洗っているのは、エネルギーや水の消費が少なくて済むからだそうだ。どうしても個人で洗いたいものは手洗いをして自室に干せとのことだ。これもまぁ、妥当なのだろう。
 シップで使われている洗濯機はウルフウッドの背丈よりも高かった。横幅も同じぐらいある。銀行で扱っている金庫だと言われたら多くの人間が騙されるかもしれない。そこに大量の洗濯物と大量の洗剤を放り込んでスイッチを押した。もし洗濯機が意思を持って人類に反抗してきたらナインライブズよりも手強いかもしれない。そう考えるほどの轟音にウルフウッドは目を剥いて毛を逆撫でた。
 洗濯機が大人しくなるとその口を開け、絡まり合って容易には解けない布の塊を力づくで引きずり出す。それをカゴに収め、これから干しに行くところだった。
 サンルームはシップのてっぺんにあった。排水処理の関係で洗濯機の位置を動かすことはできないという。離れているのは不便だったが、効率よく日光を取り入れるには仕方ないのだろう。カゴを両手で抱えたジェシカがサンルームのドアを開けた。強い光が二人の顔を射す。
 部屋は大きなテーブルが二台とそれに合わせた椅子が据えられただけの広々とした白い空間だった。その約半分を前の当番が洗った衣類が占めていた。壁には絵画どころか時計も飾られておらず、洗濯用のロープを引っ掛けるためのフックがあるきりだ。ロープもフックも白かった。床は白に灰色が混ざった斑な石畳が敷かれている。石と石の境目の溝はあるが表面に凹凸はなくつるりとしている。この部屋すべての石がそうだ。ここまで几帳面な人工物は精密機械でなければあまり見ない。ここでもシップと自分の常識との違いをささやかだが感じた。石ならはひんやりとしているのだろうと一歩踏み出したが、直射日光が長時間当たっているから熱いのかもしれない。どちらにしろ靴を履いているので判らなか
った。ここなら裸足で生活しても中途半端に打った釘などを足を引っ掛ける心配はなさそうだったがまだ試したことはない。ジェシカの後を忠実に歩く。
 壁の三方は真っ白で凹凸がない作りだったが、一方だけは全面ガラスでできていた。そこから見える光景は蟻地獄の砂の崖だ。絶え間なく砂が下へ下へと崩れていく。まるでシップも沈んでいるのでないかと錯覚するが、重力プラントはしっかりと機能している。その証拠に、宙を舞う細かい砂はこちらに近づいてきても窓にぶつかりはしなかった。いつまでも眺めていたら酔いそうだとウルフウッドは眼を逸らす。音は一切しなかった。よほど分厚いガラスを使用したのだろう。この部屋だけ切り取られたように不自然だった。
 窓と対面している壁のすみずみにまで太陽は光を落として眩しいほどだった。天井まで明るいが、構造的にありえない。ここを隠れ里にすると決めてから外壁になんらかの手を加えたのだろう。
 ジェシカはカゴを床に置くと、干してある洗濯物を外しにかかった。背が低いため一生懸命腕を伸ばし、壁にかかっているロープをつかむ。ジャンプをするようにしてフックから外した。ウルフウッドも二本目のロープを手にしてジェシカに倣う。乾いた洗濯物を床に落としていく。カサカサと音がした。
「ここに干せばすぐに乾くわ。洗濯当番は洗った洗濯物を干して、前の洗濯物をたたんで回収所に並べるまでがお仕事。あたし達が干したのは最初のグループの人がたたんでくれるわ」
「洗濯物が多いと大変やなぁ」
「アウターみたいに各家庭に洗濯機を一つ用意、なんて贅沢できないもの」
 ジェシカはロープの端にぶら下がっているBと書かれた札を取るとエプロンのポケットにしまい、代わりにCと書かれた札を下げた。住居ブロックの名称だ。ウルフウッドもBの札を取り、ジェシカに投げて渡すとCを同じように受け取ってぶら下げた。足元の洗濯物を抱えてテーブルの上に適当に置き、自分達が持ってきた洗濯物をロープに吊るしていく。
 干している洗濯物が一度なくなったことで視界が広くなり、初めて窓際に花があることに気づいた。大きな白いトレーの上に古い木箱が二つ並べられており、そこで咲いている。そこだけ色があり異質だ。ウルフウッドは当然その花の名を知らない。ジオプラントと離れているがどうして育っているのだろうか。
「野菜とかの捨てちゃうところを土に混ぜると植物の栄養になるんですって。それを専門に研究している人達がいるんだけれど、それは研究とは別に趣味で育ててる人がいるのよ。土はここで作った人工のもの。近くで見てもいいわよ」
「別にええよ」
 そう応えるが視線は外せなかった。土というのは砂とは少し違うことは知っている。しかし何がどう違うのかまでは知らない。黒っぽいという印象しかないが、そんなに異なるものなのだろうか。
 熱心に観察を続ける姿にジェシカが呆れる。
「そんなに警戒しなくてもお花は噛み付いたりしないわよ」
「ワイのことなんやと思っとるん」
 片目を眇めると干す作業に戻った。
 背が低いジェシカの方が作業しにくいのもあるだろうが、どう考えたって男性物の方が洗濯物は少ない。ウルフウッドは男物を干し終えるとテーブルに行き、白い椅子に座って乾いた衣類をたたみ始める。自分の服はたたまないから苦手な作業だ。ハンガーから直接取って着た方が効率的だと思うのだが、一般的にはだらしがないと評価されるらしい。まだ干している途中のジェシカが追いつくまでわざと遅く手を動かす。靴下をまとめ、ハンカチを折り、タオルをまとめる。シャツを手にしたところで作業を止めた。
「なぁ、針と糸あるか?」
「あるけど、どうしたの」
「ボタン取れそうなんや」
 白いシャツの上から三番目のボタンがだらしなく垂れていた。誰のものかは知らないが大人数の衣類と一緒にするのだ、とれてどこかに紛れたら見つからないだろう。どうせ暇なのだ、このぐらいならやってやらないこともない。
 ジェシカはいま干したばかりの洗濯物のシワを広げると、ふぅん? と不思議そうに首を傾げて部屋を出て行った。しばらくすると小箱を抱いて戻ってくる。
「はい、どうぞ」
 洗濯物を腕でどかしスペースを作る。そこで女性らしいチェックの小箱を開けると、おもちゃみたいな裁縫道具が行儀よく詰まっていた。ウルフウッドが触れれば容易に壊れてしまいそうだが、裁縫道具というのは得てしてこんなものだろう。シャツと同じ白い糸を取り出し、短い針をつまむ。ジェシカが興味深そうに手元を覗いてきた。
「自分の仕事せぇ」
「いいじゃない、少しぐらい」
 少女のことは一瞥もせず針穴へ糸を向けた。一度で通ると歓声があがったが、無視をして針から抜けないように玉結びをした。外れかかっているボタンを手でむしる。
「それは乱暴じゃない? 生地が傷むわ」
「これが一番速いやん」
 古い糸を指先で全部引き抜き、ボタンを生地に当て直す。針と糸で縫い止め、根本に糸を巻き付けて生地の裏側で玉止めし、針に繋がっている糸をピンと張った。シャツに顔を近づけ犬歯に糸を引っ掛ける。プツリ、と呆気無く切れた。針を針山へ戻す。シャツを広げ直し出来を確認したところで、ジェシカが目を丸くしていることに気づいた。
「なんや」
「前々から思ってたけど、あなたってオオカミみたいね」
「オーカミ? 見たことあるんか」
「さすがにそれはないけれど……でも、犬を凶暴にした感じなんでしょ」
 そんな認識の動物に喩えられるのは不満だったが、子供の言うことだと追及しないことにした。その代わりにボタン付けしたシャツの身頃を整えながら問う。
「前々っていつや」
「食事しているのを見たときよ。お肉をすんごい顔して噛みちぎってるんだもの! びっくりしちゃった」
 ウルフウッドがもう一つのテーブルを指差すとジェシカはそれに従い、白い椅子に腰掛けて女性物の衣類をたたみ始めた。女性物特有のややこしいデザイン服が多いが手慣れた様子で整頓していく。手を動かした程度では舌は止まりそうにない。
 獣じみた形相で噛み付いた記憶はなかったが、傍からはそう見えるのならばそうなのだろう。ここの食事は慎ましいが、最低限の質は約束されている。どうして営業できているのか理解できないほどおんぼろな店で出される、靴のゴム底みたいな肉とは根本的に違うのだ。あっけないほど簡単に噛みちぎれたものだから驚いた。気の毒そうにナイフを差し出すヴァッシュのことは無視をした。
 ボタン付けよりは食事の態度の方が確かにオオカミらしい説得力はある。飯ぐらい好きに食わせてくれというのが一番の願いではあるが。
「あなたって犬歯鋭いわよね。アウターの人ってみんなそうなの?」
「言うほど鋭くないやろ」
 名前のせいか犬歯について指摘されたのは初めてではないが、他人と比べて別段目立つほどでもない。好奇心の眼差しで口内を覗き込もうとするジェシカに溜め息をつく。
「ワイの歯はここの住人らと同じぐらいやし、上の連中もみんなそうや」
「あなたのご両親も?」
 ウルフウッドの手が止まった。正面を見遣ると、口の中を窺う様子はそのままに、幼い手はリズムよく洗濯物を片付けて続けている。ウルフウッドも作業を再開した。
「見たことあらへんから知らんよ」
「ご両親よ。自分の親」
 ジェシカは純粋な眼をぱちくりとさせた。本当に判らないのだろう。
 この感覚を、ウルフウッドはおぞましいと思う。善人すぎて地上へ出たらすぐにカモにされ搾り尽くされるだろう。ヴァッシュはあの体と地上での生活が長いせいか多少の心得ぐらいは持っているようだが、ここには外を知らない連中も多いと聞いた。地球への希望を繋ぐだけの技術力はあるが処世術はさっぱりだ。
 だがここを理想郷とするならば少しは話が違ってくる、のだろうきっと。と考える程度にはウルフウッドも歩み寄りを示し始めた。ウルフウッドの世代では無理だろうが、二つ三つ先になればあるいは。この砂の星が、図書室で見せられた地球のように緑豊かになる光景は想像できないが、ジオプラントが入手できれば不可能ではない。希望はある。地球やこのシップにだって諍いぐらいはあるだろうが、充分な資源があれば争いの種はだいぶ減る。その頃には、こんなとぼけた質問も当たり前になるのだろうか。
「ワイは孤児や」
「コジ?」
「孤児、みなしご、捨て子」
「あっ、ごめんなさい」
 ジェシカは口に手をあてた。ここでは孤児は憐れむべき存在らしい。ウルフウッドは珍しく唇を柔らかくする。
「別に。上にはそんなんぎょうさんおるで。むしろここではどうなっとるん」
 小さな体は居住まいを正すと、手元の乾いた洗濯物を真摯に凝視する。
「もちろん病気とかで両親がいない子もいるわ。そういう子供はどこか別の家族の一員になるの。じゃないと、その子は生活できないでしょ」
「さよか。孤児院はないんか」
「コジイン?」
「知らんならええ」
 そこで会話を切り上げた。
 ジェシカは悪いと思ったのかしばらくは喋らなかった。無言の時間が続いたが、しばらくするとぼんやりと独りごちる。
「でもアウターには一回ぐらい行ってみたいわ。子供は危ないから一人で行っちゃダメなんだって。そんなに危ない所だったらとっくに滅んでるはずなのに、ヘンよね」
 完全に拗ねている子供の口調だ。危ない場所は子供にとって魅力的で、禁じられるのは納得できないという姿勢はここでも変わらないらしい。ウルフウッドはそんな弟妹を何度も相手にしてきた。からかうような意地の悪い笑みを刻む。
「嬢ちゃんみたいのが上に行ったら、それこそ牙の鋭いオーカミさんが一口でペロリや。やめときやめとき」
「それってどういう意味?」
「やめときやめとき」
 ウルフウッドは楽しそうにタオルをたたむ。ジェシカは唇を尖らせた。
 しばらくは無言で仕事をしていたが、ふいにジェシカが椅子から降りた。見遣るとウルフウッドのテーブルへ近づき裁縫道具を手にする。向こうでもほつれた衣類があったのだろう。靴下を丸めながら眺める。幼い手は針穴へ糸を通そうと試みるが失敗続きでちっとも次の作業に進めない。ウルフウッドは靴下を置き、手を差し出す。ジェシカはそっぽを向いた。
「このぐらい一人でできるもの! ほら、ヴァッシュって案外抜けてるところがあるでしょ。だからいつでも縫えるように練習したのよ」
「さよか。なら何も言わんでおくわ」
 ズボンを三本丁寧にたたみ終えた頃、ジェシカは小さな歓声を上げた。針と糸と糸切りばさみを持ってテーブルに戻る。はさみより犬歯の方が早いに決まっているが、よく手間を惜しまないものだ。ウルフウッドはワイシャツを手にし、カフスボタンが取れそうなことに気づいて引きちぎった。手の平に転がす。黒い石が付いている。随分と洒落たデザインだ。
 先程ボタンを留めた糸は長くとったため、もう一つぐらいなら充分に縫えそうだった。玉結びをし、慣れた手つきで針を刺す。
「ウルフウッドさんってお裁縫しなさそうなのに上手よね」
 糸を長く引いたところで正面を見遣ると、どういう縫い方をしたのか絡まった糸をほどこうと格闘している姿があった。鼻から呆れの溜め息を長く吐くが、手を差し伸べるとやはり怒るのだろう。眺めるだけに留める。
「さすがにシャツはガムテで留めるわけにはいかへんからなぁ。買うより縫った方が安いやん」
「それもそうね。そうそう取れるものでもないけれど」
 パニッシャーどころか拳銃すら持たない生活ならそうだろうと、胸中だけで意見する。ここでは殴り合いのケンカもあまりないらしい。
「サイボーグて見たことあるか」
「ヴァッシュの腕ならあるわよ。ロステクじゃない義足を使ってる人もここにはいるけれど」
 そう答えながら小さく首を傾げた。ここはこの程度なのだ。
 結局糸はどうにもならなかったようで、ほどくことを諦めたジェシカは潔くはさみで切った。注意深く玉結びをし直す。ウルフウッドは針と袖を持ったまま肘をつき、手の甲に顎を乗せた。
「あいつのはガムテで留めた方がよさそうやな」
「そんなみっともないこと私がさせないわ!」
 風船のように頬を膨らませる姿はまだまだ子供だ。ウルフウッドは笑う。
「せやったらもっと練習せなアカンな」
 顎を上げ、糸を切ろうと誰かの袖に顔を近づけたときドアが開いた。ヴァッシュだ。笑顔だったが一瞬できょとんとしたものに変わり、ウルフウッドに眼をしばたかせる。ウルフウッドは糸に歯を掛ける直前のポーズで停止した。
「キミ、洋服食べるの?」
「アホやろ」
 くだらないと大きな溜め息をつき、糸をぷつりと切った。その動作にヴァッシュが小さな歓声を上げる。そんなに珍しい行動だろうか。
「どうしたのヴァッシュ!」
 想い人がどれだけ阿呆な思考回路を顕現させても喜ぶのは、恋は盲目というやつなのだろうか。ジェシカは針と服を置き、ヴァッシュの元へ駆ける。おさげ髪がぴょんぴょんと跳ねた。あれは犬の尻尾のように感情を表す器官なのかもしれない。ヴァッシュは抱きとめると頭を撫でる。まるっきり子供扱いだ。
「キミ達がここで仕事中って聞いたから。ついでに読書でもしようと思って」
 そう言ってヴァッシュは持っていたハードカバーの本を軽く掲げる。ここでは当たり前の光景ではあるが、読書とは優雅なものだ。
 ここは洗濯以外の用事でも入室可能なのかと窓の方へ目をやる。部屋の半分は濡れた洗濯物で埋まっており、窓のほとんどを遮っている。空調は入っているが直射日光が容赦なく刺さってくるせいで息苦しい。椅子もテーブルに備え付けのこれしかなく、娯楽もないのだから人気がないのは当然だろう。どちらの身をどのように案じて来たのだろうか。ジェシカはいまにもジャンプしそうな勢いで喜んでいる。
「そうだ、たたむついでに繕い物もしてたのよ。ヴァッシュもなにかない? 一緒にやっちゃうわ」
「ん? そうだなぁ」
 ヴァッシュは少し上を向いて考える素振りをした。ジェシカは恋人気分で楽しいのか、腕に腕を絡め、目を輝かせて待っている。ウルフウッドは作業を中断し、頬杖をついて傍観することに決めた。小さく唸っていたヴァッシュは、やがてあっとひらめいた顔をした。
「コートのボタン! 取れそうだったんだよね。だからそれお願いしたいなぁ。あ、でも普通の針じゃ刺さらないかな。それは誰かに訊かないと」
 ヴァッシュの言葉は途中で打ち切られた。トンッと小さな手に胸を押されたのだ。よろめくほど細い体ではない。先程までここに差し込んでくる陽射しと変わらないくらいの笑顔を向けていた少女は、怒りで頬をむくれさせた。目尻には涙が浮かんでいる。
「知らない。ガムテープで留めればいいのよ」
「えぇっ」
 ツンッと顔をそっぽに向けたジェシカは足音荒く部屋を出て行った。雑音を立てるもののない室内にドアが閉じる音が大きく響く。ヴァッシュはその白い扉をぽかんと見つめた。
「フラれてもうたな」
 ケケケと意地悪く笑うとが、ヴァッシュはあっさりと肩を竦めた。ジェシカが座っていた方のテーブルに近づき、ブラウスを手に取る。
「仕方ないよ。僕じゃ彼女には釣り合わない」
 なんや気付いとったんか。という言葉は飲み込んだ。間の抜けたガキのような男だが、ウルフウッドよりは長く生きているのだ。具体的な年齢は訊いていないが、子供の感情ぐらいは勝手に悟れるだろう。
「悪いやっちゃなぁ。人畜無害なツラして、オンドレみたいのが一番タチが悪いわ」
「酷いなぁ。スマートだって言ってよ。彼女も大切な家族なんだから」
 ジェシカからすれば酷薄な態度に映るかもしれないが、この男なりの優しさなのだろう。それを好ましいと思うか否かは個人の価値観による。ウルフウッドは当然の態度だと受けとめるが、過去にもこうやって幾多の女性を泣かせてきたのだろうと想像すると、善人だとは決して評価できない。可哀想な少女達はさっさとこの男の本性に気付くべきだ。
 羊のツラした男はブラウスも肌着も下着もタイツも隔て無くたたんでいく。他の男がやったらクレームになりそうだが、この男だけは例外なのだろう。異性ではなく家族なのだ、おそらく。
 ジェシカが途中で放り投げたボタン付けの針を見つけると、男のくせに細い指はするすると縫い留めた。パチン、と糸の根本をはさみで切る。この男も迷うことなくはさみを使った。柔和な顔の牙では肉を裂けず、糸すらも切れなさそうだ。確かに自分の牙はこことは違うのかもしれない。いや、ここの住人がヴァッシュ寄りなのか。
「ワイの犬歯な、オーカミみたいなんやて。オーカミ言うたらなんでも食い殺してまう獣なんやろ?」
「あんまり知らないけど、そう聞いたことあるね」
「でもな、ワイの牙は糸も切れるし、袋も開けられるし、結構便利やと思わへん?」
 ヴァッシュはふと手を止め視線だけでウルフウッドを窺った。本気とも冗談ともとれる真っ白な表情だ。口は閉じているが獣と同じ名を持つこの男の唇の向こうには、獣じみた二本の犬歯が存在するのだ。
 黙って観察していたヴァッシュは、やがていつものようににっこりと微笑んだ。
「うん、そうだね。でもはさみっていう便利なものがあるし、それを使うことは悪くないよ。キミは扱えるんだから。それに」
「あ?」
「歯ブラシは噛まないで使った方がいいと思うよ、子供じゃないんだから。キミすぐダメにしちゃうでしょ」
「喧しいわ」
 ウルフウッドは誰のものか知らないトランクスを、適当に丸めてヴァッシュの顔に投げつけた。
犬歯アンソロに寄稿した掌編
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