一番初めに横取りされたのは、チョコレートアイスだった。
 平日の仕事帰り、小さな疲労が蓄積していた僕は自分の体を癒すためにコンビニでアイスを物色した。疲れているのだからといつもよりちょっぴり奮発した贅沢な代物だ。ウルフウッドにもと考えたが、彼は甘い物を好まないからお酒のつまみになりそうなお菓子にした。お酒自体は買わなくてもストックがまだあったはずだ。これだけを買って帰ろう。
 家に着くとマジックで蓋にVと書いて冷凍庫に入れ、つまみはお土産だと言ってテーブルに置いた。ソファの定位置で寛いでいたウルフウッドはそれを一瞥することもなく退屈そうにテレビを見続け、適当な生返事をした。僕は気にも留めずにシャワーを浴びた。
 アイスを食べるのはとても楽しみにしていた。なんと言ってもあの有名ブランドだ。子供のお小遣いでも買える値段だけれどアイスにしてはやっぱり高い。食べるなら万全の態勢で、ながら食べなんかじゃなくって一口ずつしっかりとチョコの濃厚さを味わいたい。
 シャワーから出て新しいパジャマに着替えると、ティースプーンを出して、鼻歌を奏でながら冷凍庫を開けた。
 なかった。
 他の食品を取り出し奥の方まで捜してみたがなかった。これはどういうことだろうと相変わらずソファで退屈そうにしているウルフウッドへ何か知らないか問おうとして、愕然とした。
「なんで食べてるの」
 カリーとか食べるときに使う大きなスプーンを握って、小さく、上品で、気高い僕のチョコレートアイスを無遠慮に食べていたのだ。そこに悪びれている様子はない。流石に僕の声も大きくなる。
「ちゃんと名前書いといただろ!」
 食べ物の恨みは怖いから、食べられたくないものにはイニシャルを書くように二人で決めたのだ。僕は断じて書き忘れてなどいない。ウルフウッドはスプーンを咥えると、事も無げにゴミ箱からアイスの蓋を取り出しこちらに渡した。Vと大きく記したはずだが書き足され、いびつなWの字に変わっていた。思わず足を踏み鳴らす。
「キミ普段はアイスなんて食べないでしょ。なんなのさ!」
 ウルフウッドは無視して食べ続け、やがて飽きたのか半分以上も残してテーブルに放った。それを僕は頬を膨らまして取り戻した。ちょっぴり涙の味がした。

 数日後、別の物も横取りされた。
 少し前にインテリアショップで『HUG ME』と書かれた吹き出し型のクッションを買った。ウルフウッドに持たせたらさぞかし可愛らしいだろうという魂胆だ。僕は満面の笑顔でそれをプレゼントしたが、ソファに寝そべっていたウルフウッドは受け取った瞬間に床に叩きつけた。僕は溜め息をつき、クッションを拾うと見せつけるように撫で撫でしてやった。
 買ったからにはもったいないと、僕が抱き締めることにした。寛いでいるときに文字がばっちり見えるようにアピールしつつ抱えていたのだけれど、ウルフウッドがハグしてくれることはなかった。始めの頃は一瞥しては呆れていたが、最近は見ることすらなくなった。
 それが、だ。クッションが僕の腕に馴染む頃になると強奪してしまった。いつの間にかウルフウッドが両腕で抱えているのだ。不思議に思ってしばらく眺めていたが、これは彼なりの合図なのだろう! と大喜びして両腕を広げて抱きつこうとしたら、脚を使って本格的に妨害してきた。近づくことを断固拒否する。しばらく攻防したのち、僕は鼻と鼻がぶつかるまでの距離を獲得した。キスをしようと更に首を伸ばしたが、胴を両脚できつく挟み込まれ、そのままぶん投げられた。HUG MEとは一体何なのかと懸命に考える一日になった。
 さらに別の日になると、僕のスリッパまで奪った。ウルフウッドは室内にいてまで靴を履いていたくないと常に裸足で生活しているから彼の分のスリッパはない。予備のスリッパも用意していないから、強奪されると僕も靴下で生活することを余儀なくされた。ウルフウッドはやっぱりスリッパは合わなかったらしく、踏みつけて引きずるようになった。納得できなかった。
 僕は彼の症状を、横取り症候群と名付けた。
 症状は悪化し続けた。
 ウルフウッドは暑がりで真冬でも滅多にヒーターをつけない。だから僕が彼に合わせて袖のある毛布を着て、ホットココアを飲んで体を温める。それなりに幸せな時間だ。だがある日帰宅すると、何故かウルフウッドが毛布を着ていた。今日はいつもより気温は高いぐらいなのに。うたた寝の直前なのか、瞼が開いているのか閉じているのかよく判らない。僕のなんだけれどと告げたけれど返事はなかった。
 しかし暑がりなことに変わりはなかったようで、数日すると毛布を脱ぎ始めた。畳むこともせず、背中に押し込んでクッション代わりにする。彼が席を立った隙に取り戻すと全力で回収された。そしてまた背中に押し込む。僕はやっぱり納得ができなかった。
 合わせて僕のマグカップも横取りするようになった。淹れたてのホットココアを奪い、一口程度で飲むのをやめてしまう。なら冷める前に飲んでしまおうと手を伸ばすと叩かれる。彼が興味を失うまで僕はココアを飲むことができない。それなら初めから彼の分も用意すればいいだろうと赤と黒の両のマグカップにココアを満たすのだけれど、ウルフウッドが興味を示すのは赤いマグカップだった。なら黒い方をもらおうとしたらそれも許されなかった。僕はどうすればいいんだ。
 そうやってウルフウッドは僕の日用品をどんどん奪っていった。やがてウルフウッドの定位置はなんだかよく判らない、雑貨を押し詰めた亜空間になった。あまりにもみっともないし片付いた部屋のなかで雑然としたそこだけが不自然だったので、彼が昼まで惰眠を貪る休日の午前中にすべて元の場所に戻した。部屋中どこもピカピカだ。気持ちよくかいた汗を手の甲で拭った。
 やっと起きて大欠伸をしながらリビングにやってきたウルフウッドは自分の定位置を見遣ると、世界が崩壊したみたいな顔で絶望した。グラスを持っていたら確実に落として割っていただろう。
 しばらく硬直したあと、無言で憤慨しながら彼はすべての物を元に戻した。頭から怒りの湯気を出し、背もたれに押し付けた着る毛布の上にクッションを殴るように設置する。ダムを作っているビーバーはこんな感じだろうかと思ったが、残念ながら見たことはない。
「ねぇそれ全部僕の物なんだけれど、知ってる?」
 巣作りを終え、満足気な様子で寛いでいるウルフウッドに訊いてみた。もしかしたら彼は知らないのかもしれない。ウルフウッドは王様みたいに両手足を広げたまま、ちゃうワイのや。と堂々と宣言した。溜め息をつく。
「そのマフラーも僕の、その本も僕の、イヤホンも僕の。あ、靴下が最近少ないと思ってたらそれまで横取りしてたのっ。使わないんなら返してよ」
 腕を伸ばすが、手の平を蹴り落とされた。ウルフウッドは一切反省せず、寝そべり、僕の腹に踵とくるぶしを擦りつけて遊ぶ。軽く叩いてみるがやめなかった。付き合い始めの頃は警戒心むき出しの野良猫だったのに、最近はちょっと調子に乗っているのではないだろうか。僕は自分の所有物を取り戻すべく、悪ガキの両足を掴む。
「欲しい物があるんなら買ってあげるから返してよ。生活に困るだろ」
 両脚をばたばたさせて逃れようとするがそうはさせない。力づくで抑えこむとようやく大人しくなった。代わりにHUG MEのクッションを抱き締めてそっぽを向く。
「別にオドレなんぞに恵んでもらいたくないわ」
「じゃあなんで僕の物横取りするの」
 さっきまで拗ねていた顔をしていたくせに、クッションを頬に寄せると猫みたいにニヤニヤ笑った。顔の半分はクッションに押し付けているから隠れ、もう半分だけが横目でこちらを見遣る。
「オンドレはワイの物なんやからこれもワイの物やん」
 それだけを言うと瞼を閉じた。表情も消える。どうやらまた眠ってしまうつもりらしい。
「ちょっと、ちょっと待ってよ。生殺しにする気!?」
 両脚を解放して覆い被さるけれど反応なんてちっともしてくれない。安眠しますと涼しげな表情だ。堪ったものじゃない。
 ウルフウッドは一体どこまで僕のモノを横取りしたら気が済むのだろうか。




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