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 キンッ、と耳たぶが痛くなるほど寒い日だった。いつもの時間にいつものように仕事を終わらせて、なんとなくその日だけいつもと違う帰路を選んだ。冬は日が落ちるのが早い。郊外ってのはそれなりに整備が行き届いているかと思えば詰めが甘くって、細い道ばかりが蔓延っているこの住宅街は街灯が少ない。思い出したようにぽつん、ぽつんとあるだけで、チカチカと切れかけているのもたまに混ざっていたりする。夏には蛾がひらひらと集まることもあるけれど、今は冬だからその気持ち悪さはなくって、ただ寂しいだけだ。でも街灯と街灯の間の暗がりには何か悪いモノがいそうだ。子供が一人で通るにはとっても怖いだろう。
 僕は急ぎ足になりながらマフラーを口元まで広げた。こうすると自分の息で暖まる。でも鼻と耳はまだ痛い。さっさと帰って熱いシャワーを浴びよう。角を一つ曲がる。その直線をしばらく突き進んで、もう一つ角を曲がるとほどなく我が家だ。平べったいおんぼろフラットだが、住み慣れればそんなに悪く無いところだ。
 この辺の住宅街はどこも似たような景色だ。安っぽいフラットか一般的なファミリーサイズの一軒家。角を一つ曲がった程度じゃその光景は変わらない。
 ここも他と変わらない細い道のはずなのに、視界の端に黒い影があった。光を飲み込んでしまったみたいな真っ黒な違和感。そちらへ視線を向ける。どこにでもあるブロック塀の上に、丸まって背を向けている生き物がいた。粘土を適当にまとめたようなシルエットの中から三角の耳がぴょこんと生えている。
「猫だ」
 初めて見た。
 僕は肌着とセーターとコートとマフラーと手袋という厳重警備を敷いた格好なのに、黒猫は薄手のカットソーとスラックスだけで、裸足だし項も寒気に晒していた。僕の位置からじゃ見えないけれど、この様子なら手袋もしていないだろう。尻尾は自分の腰に絡ませ、獣の耳は僕の声を認識していないのか無視しているのかピクリとも動かなかった。塀の中の家明かりを浴びて、暖かそうなオレンジ色に縁取られている。
 僕は広げたばかりのマフラーを少しだけ下ろし、声がよく通るようにする。
「寒くないの」
 今度はちゃんと声を張ったのだけれど、黒猫の耳はやっぱり動かなかった。家の中を熱心に眺めているようだけど、塀は僕の頭よりも一つ分高い位置にあるから何を見ているのかは判らない。かすかに音楽が洩れ聞こえてくるだけだ。耳を澄ます。クラシックだ、曲名までは知らないけれど、いつかどこかで聞いた覚えのある音楽。猫というのはクラシックが好きなのだろうか。
 ブロック塀を視線でたどると正門がすぐそこにあった。バレエ教室と書かれた金属のプレートが掛けられている。こんな時間なのに生徒達が練習しているのか。どんな人達が踊っているのか知らないけれど、熱心でえらいなぁ。
 バレエ教室の練習を眺めている黒猫をもうしばらく見つめる。腕を伸ばせば指先ぐらいは当たりそうだけれど、猫って生き物は無断で触られるのを嫌うというからやめた方がいいんだろう。
 寒気による鼻の痛みに堪えられなくなったから、僕はマフラーをまた広げて、無言でその場を去った。
 次の日も昨日と同じ、いつもと違うルートで帰った。黒猫は今日もいた。やっぱり塀の上で膝を曲げて丸くなって、バレエの練習を眺めている。今日のクラシック音楽と昨日の音楽が同じなのかは覚えていない。僕は彼の真下に立って、こんにちはと声を掛けてみる。予想通り無視された。でも今日は会えると期待していたからちゃんと対策は練ってある。手首に引っ掛けている小さなビニール袋をガサガサ鳴らしながら中身を取り出した。
「ねぇ、からあげ一個あげるからお話してよぉ!」
 近所で買ったからあげにピックを刺し、腕を真っ直ぐに伸ばした。今まで無視を決め込んでいた黒猫は振り向き、鼻をひくひくと動かす。
 猫という生き物を初めて間近で見たけれど、人間とほとんど変わりはなかった。僕と同じぐらいの身長だろうし、骨格も似ているし、鼻の形もおんなじだ。ただ双眸が月の光を全部集めたように強く輝いている。どんな暗闇も見通せるという噂は本当みたいだ。
 黒猫は大きく口を開けるとからあげを一口で奪ってしまった。満足そうに咀嚼している。
「キミはいつもここにいるの」
 こちらを一瞥するがすぐに興味なさそうに瞼を伏せて咀嚼を続ける。ちょっと悔しくなって、さっきより少しだけ強い声を出す。
「キミはいつから猫なの」
「続きは」
 首を傾げると、手に下げているビニール袋を顎で示された。念の為に中を確認してみるけれど、もちろん変わっているはずはない。猫に視線を戻す。
「食べちゃった! 冷めちゃうし!」
 黒猫はケッと吐き捨てると首をバレエ教室に戻した。そうしたらもうピクリとも動いてくれない。しばらく待ってみるが、やっぱりダメだった。ねぇ、もうお話してくれないのと訊いても耳すら動かしてくれないものだから、諦めて家に帰った。
 猫って生き物は、元々は人間なんだそうだ。人として産まれて、人として育ったのに、ある日突然猫になってしまうという。猫になる条件はただ一つ、人として大切な物を失うことだ。大切な物とはなんなのかは知らない。でもあの傍若無人な黒猫は確かにそれを失くしたのだ。彼は一体、どんな人間だったんだろう。
 翌日も僕はからあげを手土産に黒猫がいる道を選んだ。黒猫は昨日からずっと動いていないんじゃないかって勘違いするぐらいおんなじポーズで丸まっていた。今日もクラシック音楽が微かに聞こえる。僕が来たことには気づいているんだろうか。袋を持っている手を掲げる。
「ねぇ、今日もからあげ持ってきたよ。ちゃんと五個入り!」
 ビニール袋が擦れる音が聞こえると、黒猫はくるりとこちらを向いた。僕はピックでからあげを刺し、腕を伸ばして一つ差し出す。猫はピックごと奪い、ついでに掠めるようにしてビニール袋ごと持って行ってしまった。腕は存外長い。
「ああっ」
 ブロック塀の上で胡座をかき、優雅に食事を始める。
 一つずつ餌付けしたかったのに。取り返す隙もない。口を半開きにしたまま見上げる。黒猫は僕を見下す。
「なんやねん。ワイを満足させるために買うてきたんやろが」
「そうだけどさぁ、所有権はまだ僕にあると思うんだよね」
「はっ、人間の都合なんざ知らんわ」
 ガッカリしている僕のことなんか知らんぷりして食べ続ける。よく咀嚼するとピックを刺し嚥下してから口に含み、よく咀嚼するとピックを刺し嚥下してから口に含み、手は人間と同じぐらい器用なようだ。それが判っただけ、からあげを買ってきた意義はあるだろうか。
 胡座をかくと足の形がよく判った。黒いスラックスからはみ出ているから白っぽく感じるけれど、僕よりちょっと浅黒い気がする。五本の指が全部揃っていて、甲は筋張っていて、人間と同じ男の足だ。靴下も靴も履かないだなんて、しもやけにはならないのだろうか。
「寒くないの」
「寒いわけないやろ、猫なんやから」
 そんなことも知らないのかと馬鹿にしきった様子だ。猫に会うのは初めてなんだから知らなくて当然じゃないか。そう反論してみたけれど、僕よりからあげの方が大切らしい。新しいのをピックで刺し、一口で頬張っている。
「キミはこの辺に住んでるの?」
「猫に住むって概念はあらへんよ。この辺におるだけや」
「人間だったときのことは覚えてるの?」
「さあな」
「猫になるって、どんな気持ち?」
 最後のからあげを嚥下すると、ピックを吐き捨てゴミになったビニール袋を投げつけてきた。僕は袋を受け取り、道路に落ちたピックを拾って中に入れる。猫というのはお行儀が悪いらしい。
「なんでいつもバレエ教室を見てるの」
「子供がぎょうさんおるからや」
「それなら学校でもいいじゃない」
「アホ。猫言うたらバレエやろが」
「そうなの?」
「なんや、猫はみんな踊れるっちぅの知らんのか」
 黒猫はブロック塀の上に立ち上がると両腕を夜空に向けて伸びをした。ふぅっと力を抜くと耳がかすかに動く。
「ええか、これが一番、これが二番」
 ブロック塀を平均台みたいにして、黒猫は足の位置をころころと変えた。説明が速いから番号は覚えられないけれど、関節がとても柔らかいのはよく判る。筋肉もしなやかだ。黒猫は続ける。
「クロワゼ、プリエ、シャッセ、グリッサード」
 呪文のように言葉を綴りながら、黒猫は手足をのびやかに動かす。あまりにも滑らかに動くものだから、その動きだけを仕込まれた機械仕掛けの人形みたいだ。細い平均台みたいな塀の上で片足を高く上げて爪先だけでくるりと回る。尻尾がそれに少し遅れて腰に絡みつく。教室から洩れる明かりが逆光となって、黒猫はほとんどシルエットと変わらなくなる。
 大きな振り付けなのに、どれだけ動いても足音はしなかった。人間と同じ形をしているけれど、踵も土踏まずも爪先も、僕達とは違う動きをしていると錯覚するほどよく動いた。爪先だけで立ち上がると踵の丸みや、縮んだアキレス腱、のびやかな甲が顕わになる。トウシューズを履いているわけでもないのに綺麗に足の形が整っている。
 コンクリートブロックの上を裸足で動くなんて痛くって仕様がないと思うんだけれど、黒猫はちっともそんな素振りをしなかった。もしかしたら本当に痛くないのかもしれない。
「これがパドゥシャ。猫の足跡って意味なんやで」
 膝を深く折ってジャンプする。猫って変な足跡を残すんだなぁって口を半開きにしたまま見上げた。いつも丸まってるから知らなかった。
 細い細い平均台もどきの上だけが舞台になって、バレエ教室から洩れてくるあやふやな音楽だけがBGMとなって、黒猫は機嫌良さそうに踊る。
 長くしなやかな脚を軽く曲げ、力を溜めると、ぽーんと大きく開脚してジャンプした。そんなに跳んだら塀から落ちちゃうんじゃないかとハラハラしたけれど、猫は全く危ぶむことなく、爪先、土踏まず、踵と柔らかく順番に着地した。半分だけターンして、遅れた尻尾が脚を叩く。
「これがグランジュッテや。判ったか」
「ちっとも!」
「アホやなぁ」
 猫は腰に手をあてて呆れた。あれだけ動いたのに息は乱れていなかった。寒くないって言っていたけれど暑くもならないんだろうか。
「キミって一年中そんな格好してるの?」
「せやで」
「真夏でも長袖?」
「そや」
「真冬でも薄着?」
「そや」
「雪が降ってもコートは着ないの?」
「雪が降ったら……雪が降ったら、猫は消えてまうなぁ」
 事も無げにそう言った。僕は瞬きすらせずぽかーんと見上げて、やっぱり瞬きを忘れてまま告げた。
「キミがいなくなっちゃうなんて嫌だよ。折角出会ったのに」
「そんなん言われても雪は猫の天敵やし」
 ひらりと音もなくブロック塀に腰掛ける。膝の上で頬杖をついて、自分がいなくなる話だっていうのににやにやと笑った。
「今日の空気を嗅ぐ限り、明日の夜は雪や。残念やったな」
 一人残された感じ、というのを初めて知った。胸の奥の奥がぎゅーっと狭く苦しくなって、そのあたりのコートをぎゅっと握ってみるけれどちっとも楽にならなくて、僕はただ、喘ぐ。何か言いたいのに言葉は出ない。
 ふっと音が消えた。黒猫が振り返る。ありがとうございましたって揃えた幼い声が遠くから聞こえた。しばらくすると明かりも落ちた。逆光でオレンジ色になっていた黒猫の縁から色が消え、月光を集めた双眸だけが輝く。
「さて、もう退散の頃合いやな」
「待って」
 背中から倒れるように後転するとそのまま落ちた。不時着する音は聞こえなかったから上手く着地できたのだろうか。耳を澄ませるけれど葉擦れすら聞こえない。やがて子供達が玄関から出てきた。みんな頭に大きなお団子を一つ作って楽しそうにお喋りしている。そのたくさんの背中も、やがて駅の方向に吸い込まれて消えてしまう。
 ひとつ拭いた風がコートの隙間から中に入り込んできた。背中の筋肉が凍る。このまま待っても黒猫は戻ってこないのだろう。空を見上げる。ほんのりと青みがかかった空は月と沢山の星で明るい。
「雲なんてひとつもないのに」
 手袋をしていても冷たい指先に向かって息を吐きかける。白い息は毛糸の隙間をくぐって肌にまで届いた。何度か手を開閉し、まだ寒さに勝っていることを確認する。マフラーを広げ、家路を急ぐ。


 黒猫の天気予報は外れた。と思っていた。朝はぴかぴかに晴れていたからだ。コートを着ていると暑いぐらいで、黒猫は消えないで済むんだって嬉しくなった。
 でも昼をすぎた頃から崩れ始め、日が暮れると分厚い雲が空を覆い隠した。あぁ、これは危ない。マフラーをぐるぐると何重に巻いても痛いぐらい寒くって、手袋の中の指もかじかんで、耳も鼻も真っ赤で、張り詰めた空気は今にもヒビ割れそうだった。
 やがて、死に神が意地悪をしているみたいな風が吹いた。僕は瞼をぎゅっと閉じて震える。風がやみ、そっと目を開けると、音もなく、空から白いものがはらり、はらりと降り始めた。地面に落ちるとじわりと溶け、また落ちるとじわりと溶け、温度を下げていく。あぁ、これは危ない。
 定時になると僕は急いで帰った。電車に揺られている間に窓の外はもっとひどくなって、外が黒いのか白いのか判らなくなった。
 最寄り駅に着いた途端に駆け出す。今日も彼はいるはずだ。いつもみたいに薄っすらとしたクラシックがBGMとして流れていて、逆光でオレンジ色に縁取られて、寒そうな格好をしているのにちっとも寒くないと言いながら子供達の練習風景を眺めているのだ。
 道路にはみぞれみたいな雪が積もり始めた。スニーカーに染みる。滑って転びそうになるのを堪えて走り続ける。あの角を曲がればバレエ教室だ。
 曲がると、いつものように手入れの施されていない街灯がまばらに生えて瞬いており、バレエ教室の正面はちょうど街灯が途切れている場所で暗かった。教室から洩れてくるオレンジ色の光もクラシック音楽もなかった。今日は雪が降っているからお休みなのだろうか。
 雪は絶えず降っている。ブロック塀の上にも薄っすらと平らに積り始めている。そこには猫の姿も、いた形跡も残っていない。へなへなと力なく座り込む。
「消えちゃったぁ…………」
 音もなく地面を覆う白い雪はまだまだ降り続ける。純粋無垢な顔をして、あの生意気な黒猫をどうやって消してしまったんだろうか。


 しばらく雪の上に座ってへこたれていたものだから、翌朝にはすっかり風邪っぴきになってしまった。くしゃみをしながら駅までの道を歩く。
 雪は深夜のうちにやんだ。でも今日も灰色の厚い雲が空を覆っていて油断はできない。どれだけ肩を縮めても寒い空気はコートの隙間からもぐりこんできて針みたいに肌を刺す。それは手袋も同様で、両手を擦り合わせながら足早に歩いた。通勤が始まったばかりの時間帯だからどこもかしこも新雪ばかりだ。真新しい場所へ真っ先に足跡を刻むのは嫌いじゃないけれど、今日ばかりは楽しくない。いつもと違う雪に埋もれた足音は憂鬱だ。
「…………あれ?」
 どうしても黒猫のことが諦められなくって、今日はバレエ教室の道を選んだ。そうしたら先客がいた。真新しい雪の上にざくざくと足跡をつけて遊んでいる。黒い耳と尻尾の生えた生き物。
「キミ、生きてたの?!」
 慌てて駆ける。靴の裏に雪の塊がこびりついて重い。転びそうになりながら空を両手で掻いて急ぐ。ほんのちょっとの距離だったのにもう息があがった。
 黒猫は振り返り、愛想の一つも添えずによぉと挨拶をする。
「キミ、消えてないじゃない。僕のこと担いだの!?」
「避難しただけや。悪者みたいに扱わんといてや」
 猫はつーんとそっぽを向く。憎たらしくって可愛げもなくって腹立たしい! これは紛れもなくあの猫だ。安心したら急に疲れが降りてきて、コートも鞄も重たくって動きたくなくなった。鞄だけ雪のうえに下ろす。
「避難って、そんな手段あるなら言ってよ」
「雪に触らな消えへんことぐらい想像つくやろ」
「いま思いっきり触ってるじゃないか!」
「降っとるの限定や、積もっとるのは別」
「それって都合が良すぎない?」
 黒猫はざまぁみろと言いたげに口を裂いて笑うと、またザクザクと足跡を残す遊びを再開する。僕と同じぐらいの、大きな人間と同じ形をした足なのに、足跡は丸っこい獣の形をしていた。変なのと腰をかがめて覗きこむ。
「心配しなきゃよかった」
「雪で消えるんはほんまやで。ちぅか、仕事ええの?」
 僕は唸りながらしゃがみ込み、できたばかりの獣の足跡を指でなぞる。
「なんかもうサボっちゃおうかなぁ。キミのせいでやる気なくした」
「ははっ。そんなんしとるとオドレも猫になってまうで」
 足跡の上にひとつ、白い塊が落ちた。それは踏みしめられた雪と馴染む。背筋が震える。寒い、のとは違う震えだ。おそるおそる空を見上げると、新しい雪がとうとう堪え切れずに舞い落ちてきた。僕の鼻に、額に、着地して溶ける。
「あ」
 そう呟いた黒猫へ視線を向ければ、雪が触れた顔のあたりがほんの少し、ちょっぴりだけ、透き通ったような気がした。
 僕は立ち上がると猫の腰を掴んだ。全力で走り出す。
「ちょぉ、なにすんねん!!」
 猫の体は体重がないみたいに軽かった。体温もなかった。あるのは感触のみで、それがますます不安で頑張って走った。雪にはめちゃくちゃな足跡がつく。
 片手で鍵を開けると乱暴に靴を脱ぎ、黒猫の体を放り投げた。勢い余って壁にぶつかり、ぎゃんってらしくない悲鳴があがる。僕は床を這って猫から眼を離さないまま暖房のスイッチを入れて出力を最大にして、黒猫の上に覆い被さった。痛みから復活した黒猫は背中をさすりながら僕を見上げる。
「なにすんねん!」
 僕は答えなかった。彼の顔の両隣に手をついて、じっと見下ろす。体温はないし、体重もないし、耳も尻尾もついているし変な足跡も持っているしおおよそ僕とは違った生き物だけれど、雪の中から掻っ攫った瞬間、誓った。
「キミは、僕が人間にする!」
 月光をすべて集めたような眸を瞠ると、猫は逃げ出すことも声を出すことも忘れてぽかーんとしばらく呆けた。
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