布団の中から見上げる秋の青空は嫌いだ。嵐よ来るなと現状維持を願っているようで、それは、本来はとても難しい。そのことを知っているのに目を背け続けている老人のようで、それはつまり、残夏の身体に似ていた。二十四歳になった。あと数ヶ月でこの身体は朽ちる。脳味噌も肉体も承知のはずなのに、心臓は知らぬふりをして強く拍動を続けていた。
 そして通常より早く身は枯れる。皮膚はカサカサと乾き骨に貼り付き、命の時計は砂の代わりに血液を落とし、どこを切っても体液など零れないだろうと思われた。
 ひっそりと、襖が開いた。
「あぁ、起きてたんだな。良かった」
 入ってきたのは連勝であった。自分の倍ぐらいは生きているのに死を恐れている笑顔。
「うん。今日は気分がいいんだ」
 赤銅色の髪を大きな手が撫でる。それはやがて頬におりてきた。熱くて、汗ばんでいて、生きている手。
「喋れるうちに、我儘いっぱい言っていいんだぞ」
「わが、まま」
 初めて口にする単語のように、馴染みのない言葉だった。
 身体の中で砂が動くように、不快な期待が湧き上がる。
 前世を知ったときから死ぬと判っていた。恐怖も希望も絶望も捨てたはずだった。未練がまだ残っていたことが、自分でもおぞましかった。
「じゃぁ、一つだけ」
 俯いて昏く、笑う。

 
「一反木綿になって、抜けたらダメだよ」
「おー」
 畳に転がした連勝の顔を覗きこんで微笑む。
 残夏の願いは、連勝に見てもらうこと。ただそれだけだった。念のため抵抗できないように、両手足を紐で強く縛り上げた。
 化粧台に向き直る。三面鏡をゆっくりと開けば、六つの自分の眼が睨みつけてくる。
「なぁ、何するんだ」
 裁縫箱を開き、針山から一本抜く。
 未練は、残夏がいなくなった後も覚えていてもらうことだった。前世の自分も、その前の自分も、他人の記憶に残ることを拒絶していたのに、どうして今の自分は恋をしてしまったのだろう。
 針を持ったまま、自分の瞼を押さえる。
「ざん、げ……?」
 百目の能力があれば視力に大した価値はない。
 固い、と思ったのは最初だけだった。あとはどこまでも針は入っていく。
「残夏、やめろっ」
 視界の半分が暗くなった。もう片方の瞼も押さえる。
 そして。
「やめろぉっ!」
 針を持っている手を黒い布が抑えた。
 連勝が叫んでいる。なんで。連勝が約束を破っている。なんで。鏡に映った六つの目が怒りで赤く染まった。
 内臓の一つ一つが蠢き痛みが背筋を走る。何故止めた、何故裏切った、何故受けれいてくれない。目を潰すのが願いだった残りの短い時間で愛を伝える方法を他に知らなかった愛したかった愛されたかった知りたくなかった未練が残っていたことなど知りたくなかった見返りを求めていたことなど知りたくなかった自己愛があったことなど。
 鏡が映す真実の自分はこんなにも、醜い。

 残夏は地獄の底から絶叫し、
 糸切り鋏でもう一つの眼を穿った。



 人の気配に瞼を開けた。もう意味のない行為だがまだ癖が抜けない。
「おかえりレンレン」
「……見えるのか?」
「百目だかね。普通の盲人よりは判るよ」
 人の気配に関してはむしろ晴眼者より敏感に。誤算だった。
 痩せ、カサカサに乾いた軽い身体を、連勝は壊れ物のように抱く。
「ごめん」
「なんで謝るの? レンレンは悪いことしてないよ」
 それは真実だったが、連勝は震えていた。
 残夏には理解ができなかった。だがこれが、まっとうな人間の行動なのだということは判った。
 重なった二つの体は違うリズムで拍動し、体温が混ざり合うのに境界線はくっきりとして、別種の生き物であることを宣言していた。
 残夏にはもう、希望も絶望も、未来も未練もなかった。ただ、大切な人を愛することはできた。
「泣かないで。大好きだよ、レンレン」
 力の衰えた腕で抱き返すが、二つの心音はやはり、重ならない。

Twitterでリク募集しまして「盲目の残夏と連勝のちょっと寂しい雰囲気のもの」を頂いたので書きました。
が、私が大暴走しました。すみません。
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