ティータイムも終わった時間に、デイビットは夕食の支度に入る。それなりの人数とそれなりの質を求められる料理には時間がかかるのだ。
 キッチンの外ではいつものように爆発音が轟くが、被害が及ばない限り彼は食事の支度を続けることにしている。セバスチャンがいれば、大抵の問題は片付くからだ。
 デイビットが野菜に包丁を入れているとき、キッチンの扉が静かに開いた。
「邪魔するよ」
「あぁ、お向かいサンか」
 キッチンに入ってきたのは、穏やかな印象の青年だ。貴族らしく上品な雰囲気があるが、それと同時に瘴気も漂っている。実年齢不詳のお向かいサンこと、ユーゼフだ。
「珍しいな。向こうが騒がしいのにこっちに来るなんて」
「いや、最初はあっちに行ったんだけどねぇ。いつも通りヘイヂを追いかけているだけだったからつまらなくて」
「ふ?ん」
 どういう状況なら面白いのだろうかと思ったが、訊いてしまうと面倒なことになりそうなのでデイビットは黙ることにした。
 野菜を切っていた手を止め、客人のために紅茶を入れる。
「Bくん、こっちに来てると思ったんだけど、どこに行ったか知ってる?」
「俺は知らないけれど……あんまりBくんのこといじめるなよ?」
「いやぁ、可愛い反応をするから、ついつい構いたくなっちゃうんだよねぇ」
 ユーゼフは悪意のかけらもない笑顔を見せるが、この場にBがいたなら卒倒していただろう。光であふれているはずなのにどこかドス黒いのは、ユーゼフ特有の現象だ。
 デイビットは紅茶で満たしたティーカップをユーゼフの前に置くと、ふたたび野菜を切り始めた。
 いつもならデイビットが放っておいてもユーゼフは勝手にしゃべるのだが、今日は珍しく黙っている。新しい紅茶を出したわけではないから、紅茶に感心しているのでもないだろう。疑問に思いながらも、デイビットも無言で作業を進めた。
「……ねぇ、デビー君」
「デイビット」
「抱きついていい?」
「は?」
 予想外の展開にデイビットは振り向いた。しかしそこにはいつもと変わらない、涼しい顔のユーゼフがいるだけだ。
「なんで?」
 デイビットはまず質問をしてみた。まったく意図がつかめなかったからだ。ユーゼフのことだから、悪霊を憑けるためと言われても、なんら不思議はない。
「いやぁ、Bくんが君の背中は安らぐっていうから、どんなものかなと」
 優しい笑顔だけを見ると悪意は見えないが、ヘタに突っつくとなにが起こるのかわからないのがお向かいサンだ。とくに断る理由を持たないデイビットは作業に戻る。
「別にいいけど、料理の邪魔はしないでくれよな」
「それはもちろん」
 ガタっとイスが動かされる音がして、次に背中に重みが加わった。へその辺りで白い手が組まれる。
「君、油くさいねぇ」
「そりゃぁコックだからな」
 Bよりも背が高いから、背中全体が覆われる。デイビットの肩に、ユーゼフのあごがちょこんと乗った。
「今日の夕食はなんだい?」
「今日はほうれん草たっぷりのグラタンに、ほうれん草たっぷりのキッシュに、ほうれん草たっぷりのクリームスープだ。デザートはハニー特製のバームクーヘン」
「ふーん。なんでそんなにほうれん草にこだわってるんだい?」
「安かったから」
 あぁそうと、つまらなそうにユーゼフは応えた。
「しかし、君の背中だからって、落ち着くわけじゃないと思うんだけど……人肌に安心するのかな」
 ユーゼフにはデイビットの癒しのオーラは通用しないらしい。セバスチャンにも通用しないようだから、個体差があるのだろう。
 ふと、人肌という言葉が気になり、デイビットは包丁を持っていない手をユーゼフのそれに重ねた。
「ん?」
「お向かいサンにもちゃんと体温があるんだな」
「失礼だな。ちゃんと血液は通ってるよ」
「……ミドリ色?」
「見せてあげてもいいけれど、高いよ」
 不敵な笑い声に、デイビットは口を噤んだ。これ以上先は足を踏み込んではいけない。
「抱きついたついでに、君の背中に瘴気を残していこうかな」
「だからBくんをいじめるなって」
 意外と離れないユーゼフに、彼ももしかしたらデイビットに懐いてしまったのだろうかと思う。もしそうなったら、Bの手当をどうしようかと思案する。
 デイビットが悩みはじめたそのとき、キッチンの扉が開かれた。
「デイビットさん――」
 聞き慣れた声に二人同時に振り向いた。ドアには、デイビットが案じていたBが直立している。
「やぁ、Bくん。どうしたんだい?」
 声をかけたのは、いまだにデイビットの背中から離れないユーゼフだ。にこやかな瘴気は、Bを唯一救う癒しの背中を独占している。
「ぎやゃゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
 やっと状況を把握したBは、声帯が壊れんばかりの悲鳴を上げて逃げ出した。
 デイビットの背中が、ユーゼフの笑いで小さく揺れる。
「可愛いねぇ」
 どうやらユーゼフは抱きつくことを気に入ってしまったらしい。これが常習化しないといいなぁと、デイビットは手を止めずに思った。
初の戦う!セバスチャン。
ユーBぽい気もしますが、絶賛デイユー推奨です。どんだけマイナーなのだ。
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