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「あー、家に帰りたくねぇ」
 これが女性の家だったら色気のあるセリフだったのだが、いま悟浄が邪魔をしている家は友人の八戒の家だ。面倒臭いから帰りたくないのは事実だが、女運が下がっている気がすると煙草をふかしながら思う。
「やめてくださいよ。僕、明日仕事なんですから」
 キッチンで洗い物をしながら、八戒が迷惑そうな声を出した。
 悟浄が仕事で八戒が休みの日には、仔猫である焔を預けるようにしている。焔にもそれなりに知能があるからあまり心配はしていないが、念のためだ。それに、帰りには夕食にありつけるというメリットもある。
「冷てぇなぁ」
「僕が帰ってきたとき、部屋が片付いていればいいんですけどね。あなた掃除できないでしょ」
 八戒の言うことは的を射ているので悟浄は口を噤んだ。灰皿に煙草の灰を落とす。
 そろそろ帰る支度をするべきだろうかと思いながら室内を見渡すと、うちの仔猫が背中を向けながらコソコソとなにかをしていた。
 怪しさ満点の動きを訝しみながら、悟浄は背後からそっと近寄った。
「なにやってんだコラ」
「――ッ!」
 よほど驚いたのか、焔は耳も背中も尻尾もピンッと伸ばして固まった。毛並みが若干逆立っている。
「なにやってんだよ」
 ますます怪しい様子に焔の手元を覗いてみると、お菓子の缶の中にたくさんのリボンが入っているのに気がついた。八戒がプレゼントや包装に使われていたのを保存していたものだろう。
 仔猫と不釣り合いな組合せに、悟浄は眉根を寄せる。
「リボンなんかどうするんだ?」
「悟浄はいいの!」
 焔は俯せになるように、缶を腹で隠してしまった。悟浄はつまらないと思うが、焔も一応男だから恥ずかしいのかもしれないと、大人しく身を引く。
 焔もしゃれっ気が出てきたのかもしれないが、リボンを付ける姿はどう考えても女らしくなってしまう。子供の姿だから似合うことは似合うだろうが、頭や尻尾にリボンを結んでいるようすは、飼い主としては複雑だ。
 怒った焔は缶を持ってさらに部屋の奥に引っ込んでしまった。その背中にそろそろ帰るぞと悟浄は声をかける。
「悟浄、これ今日焔と一緒に作ったんです。朝食にでもしてください」
「おー」
 八戒から手渡されたのは、美味しそうに焼けたマフィンだ。甘い物が苦手な悟浄は食べられないが、焔は喜ぶだろう。バッグの中にそれを収めた。
「焔、帰るぞ」
「んーっ」
 元気に返事をした焔は、ネコの形をしたお気に入りのリュックを背負って戻ってきた。お菓子の缶を八戒へ返す。
「また来てくださいね」
「ん。ばいばい」
「はい、さようなら」
 悟浄が先に靴を履いて出て行くと、焔が慌てて駆けてきた。小さな手が、大きな手をつかむ。


 家に着くと二人はさっさと歯を磨いてベッドに潜り込んだ。悟浄は明日は休みだからもう少し夜更かしをしていてもよかったのだが、疲れがたまっていたのかそんな気力はなかった。横になったとたん、すぐに意識はどこかに飛んでしまった。
 それだと言うのに起きた時間はとっくに昼を過ぎていて、窓から差し込んでくる冬の日射しは、早くも夕方らしい色になっていた。
 損をした気分になり、悟浄は早くもビールが飲みたくなった。
 実行してやろうと上体を起こしたとき、枕元に固い箱が置いてるのに気がついた。
 よく見ると、悟浄が愛飲しているハイライトだ。ピンクのリボンが不器用に引っかけられており、裏にはメモが貼り付けてあった。
 メモにはへたくそな字で、
『誕生日!』
 と断言されていた。
 悟浄は少し上を向いて考え、すぐに答えに至った。
 口元に笑みを乗せ、居間へと続く扉を開ける。
「焔、この続きの言葉は?」
「おめでとう!」
 脚にしがみついてきた焔の頭を撫でながら、悟浄はサンキュと呟いた。
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