焔はテーブルの上に絵本を広げて眺めていたが、階段をのぼる足音に耳を動かした。その足音は悟浄のものだと認識し、ピンとしっぽをたてる。玄関へ向かい、タックルをしかける準備をする。

 玄関まで5秒。開かれたドアの隙間から、赤い髪がのぞいた。
「とぉっ……?!」
 フローリングの床を蹴ろうとして、慌ててブレーキをかけた。前へ倒れそうになるのを、両腕を回して我慢する。最終的にそれを止めたのは、悟浄の大きな手だったけれど。
 頭の上に乗っかった悟浄の手を掴み、もう一人後ろにいる人物に目線を向ける。

「お客さん?」
「みてぇなもんだ。仲良くしろよ」

 悟浄の後ろにいるのは、初めて見る人物。こんな夜に誰かがくるなど、初めてのことだった。
「お泊まり?」
「そ。だからお前今日は布団ね」
「悟浄は?」
「ベッド」
「やだっ」

 リビングへ進む悟浄とお客さんの後を追う。悟浄はキッチンへ入り、お客さんはきょろきょろと周りを見渡して、悟浄に言われたソファへ腰掛けた。自分の特等席に座られたが、お客さんなので仕方がない。
 膝に両腕を乗せ、お客さんの顔を見上げる。

「名前なに?」
「焔だそうだ。お前と同じだな」
「おぉ」

 同名の存在に初めて出会った焔は、嬉しくなってもっと顔をのぞき込んだ。よく見れば、目の色も同じだ。

「さかな食べる?」
「妙なものを勧めるな」

 悟浄は顔をしかめながら、キッチンから戻ってきた。マグカップを持っている。
「なにそれ」
「ホットミルクだ」
「のむ!」
「作ってやるから待ってろ」

 そう言って悟浄はマグカップをお客さんに差し出した。自分よりもお客さんを優先されたことに、焔は頬を膨らませる。
「のむっ!!」
「だから待ってろ」
 頭をポムポムと叩き、再びキッチンへ戻っていった。その後をついていく。
「そうだ。あいつと一緒にこれ食ってろ」
 悟浄は鞄の中から、お菓子の袋をとりだした。それを仔猫焔に渡す。

「こんぺーとー?」
「二人で食ってこい」
「お客さんさかなは?」
「プランツは食わねぇよ」
「プランツ?」

 初めて聞く言葉に焔は首をかしげた。袋を破り、ぼりぼりとお菓子をむさぼる。
「一人で食うな。簡単に言えば生きてる人形だ」
「にんぎょう」
 焔はソファを振り返った。
 動く人形など初めて見た。自分のさかなも動けばいいのにと思う。
 
 袋を頭の上に載せ、てとてととソファへ進む。お客さんの前で袋を下ろした。
「て!」
 首をかしげるお客さんに、焔は菓子袋を上下に振った。それで意思が伝わったのだろう、差し出された手に、色とりどりの金平糖を並べる。
 ピンク、白、水色、緑、黄色。
 一つ一つ丁寧に食べるそれは人間の動きだ。どう見ても人形には見えない。
 
 焔はてしてしと膝を叩き、お客さんの気を引く。
「おいし?」
 いままで無表情だったお客さんは、ふわりと笑んで頷いた。あまりにも綺麗な笑顔に、焔はぼーっと見上げてしまった。

「ほら、おまえのミルクだ」
 悟浄の声にハッと我に返り、慌てて悟浄を見上げた。悟浄は「ん?」と焔を見下ろす。
「悟浄の方が好き!」
「比較対象はなんだ」
 悟浄の問いに焔はしどろもどろになるが、彼は気にするふうでもなくソファの空いている隙間に落ち着いた。ソファの定員は二人。焔はカップを片手に悟浄の膝に乗り上げる。

「もっと食べる?」
 金平糖の袋をシャカシャカ振ると、手が伸ばされた。今度はどさっとたくさん与える。
「すき?」
「こいつは喋れねぇから、あんまり質問するな」
「しゃべれない?」
「人形だからな」
 動いたり食べたりはするのに、しゃべれないのは不思議だった。

 悟浄はコーヒーと半分ほど飲むと、煙草を取り出した。ライターで火をつける前に、焔の頭の位置をずらす。苦いにおいが広がると、お客さんの顔が不意にゆがんだ。焔は慌てて彼の膝に移動する。
「泣かないで」
「あ?」
 悟浄は表情の動きに気づかなかったらしく、まぬけな顔をしている。彼では慰めるのに不適当だと判断した焔はお客さんの頬をぺちぺちと叩いた。
「泣かないで!」
「攻撃するなよ」
 上から両腕を掴まれた。悟浄に引き離され、焔はやっぱり頬を膨らませる。

「三蔵には明日会えるから、我慢してろ」
「さんぞー?」
「こいつのご主人さま」
 焔は首をかしげた。どうやらお客さまは大切な人と明日まで会えないらしい。
 それを自分に置き換えたら、焔はとても悲しくなった。

 焔は、悟浄の腕を振り払い、お客さんの身体に抱きつく。
「一緒にねる!」
「布団で?」
「ベッド!」
「俺は」
「床!」
「馬鹿野郎」
 
 悟浄とベッド獲り合戦をしていると、不意に頭を撫でられた。見上げると、お客さんが微笑んでいる。ぼんやりとそれを眺めていると、悟浄のため息が聞こえた。
「今日だけだからな」
「うん。明日は一緒にねたげる!」
「いらねぇよ」

 今日のベッド合戦は、ダブル焔が勝った。珍しく違う人と一緒に寝るのは落ち着かないけれど、また一緒に寝たいと思う。

 次の日、お客さんのご主人さまが迎えにくると、お客さんは泣いて抱きついた。コロコロと石に変化したそれは、ビー玉より綺麗だ。一個だけポケットに隠す。
 家に帰る前に、お客さんは笑顔で頭を撫でてくれた。

 パタンと扉が閉まると妙に寂しくなった。隣に立っている悟浄を見上げる。
「また会える?」
「多分な。今度、押しかけるか?」
「うん」
 焔は頷くと、悟浄の手を握った。
 そして今日は悟浄と一緒に過ごすため、リビングへと戻る。
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