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 空は白いが行灯がなければ手元は心許なく、うつらうつらと船を漕いでいるような雨だった。
 役目を抱え込む癖を持つ近侍の部屋に押しかけ勝手に手伝いをしていた。雨の殆どは雑草が吸い込み、大きな雨粒が時折岩に跳ねる以外は音もなく、自分の呼吸が聞こえるような静けさだった。
 この雨は止むだろうか。今日中には無理だろう。ぽつりと洩らした独り言に返事があった。部屋の主は筆を動かしたまま顔を上げずにいる。ならば賭けをしよう。生真面目な彼を少し揶揄ってみたくなった。
 あの短くなった蝋燭が消えるときに止んでいたら僕の勝ち。降っていたら君の勝ち。それで何の得がある。そうだな、そのとき食べたい物でも奢ってもらおうか。まだ店もやっている時分だろう。部屋の主はやはり筆を止めぬまま、判ったと淡白に請け負った。黒い手袋が障子戸を閉める。
 それぞれの作業を進める。紙の捲り、墨の磨り、硯に筆を置く、畳の軋み、背骨の関節の鳴き、乱雑な本の重ね。生きているんだか死んでいるんだか判然としない空気。細々と続く人の器の動き。床に広がる寒さ。
 ささやかな音で満ちていた部屋が、ふっと灯りを失った。二人して硬直し息を詰めて辺りの気配を探る。音が一切途絶えた。
 蝋燭が消えただけだ。先に思い出したのは提案した側だ。さぁ、外はどうなっているか確かめようか。焦らすようにゆっくりと障子戸を開ける。
 空はまだ白い。岩は濡れている。雨が宙に引く線はどうなっている。賭けの勝敗は。
 後ろから目隠しをされた。一つの手で両眼を塞ぎ、もう一つの手は顎を捉える。離す気など毛頭ない頑固さ。
 雨は上がっていない、俺の勝ちだ。褒賞は逃げずここに残ってもらおうか。
 やはりつまらなそうな声。
 目隠しされたまま含みを宿して笑う。常の清涼さはどこへ行った。室内が淫靡に湿る。
 雨音は聞こえないよ。
 貴様の鼓膜は破れているのか。
 耳の中に舌がねじ込まれる。水音が背骨を這い、仰け反る。顎を捉えていた指は、いつの間にか手首を拘束していた。
 俺の意に従って貰おうか褒賞よ、その眼を閉じろ。
 耳元で低く囁く声はもう淡白さを失い残酷に笑った。障子戸が閉ざされる。敗者は餌となり胸の中へ。耳朶で遊ぶ舌が鳴らす水音。
 さぁ、雨隠りを愉しもうじゃないか。
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