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 僕は毎朝目が覚めると、目を開けることよりも先に、隣で寝ている恋人を抱き寄せて顔中にキスをする。額にキス、頬にキス、鼻にキス、唇にキスと重ねていくと彼はやっと目を瞬かせて、僕の顔を見るとふんわり笑って胸元に鼻を擦りつけてくる。僕達が一緒に暮らすようになってから何年も続けている習慣だ。
 今日は土曜日だ。仕事はない。壁掛け時計を見上げるともうとっくに正午は過ぎている。昨日ベッドに入るのが遅すぎたんだ。
「お昼食べよう」
 恋人は頷くと僕に続いてベッドを降りた。四足で移動する彼のために先に歩き、寝室のドアを大きく開けてやる。二LKの分譲マンションは他に家族を必要としない僕達にとって丁度いい大きさだ。
 リビングに入ると彼は自分のクッションを咥えて部屋の中心まで引っ張り、その上で丸くなる。僕は部屋の電気をつけてキッチンへ行き、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを水皿へ移す。恋人の前に置くと首を伸ばして口をつけた。
 僕も彼も好き嫌いは無い方だけれど、彼は手を使わないから献立にはいつも困る。お仕置きをして遊びたいときは食べづらくてひっくり返しやすいうどんなんかがいいけれど今はそんな気分じゃない。無難に卵とウインナーをフライパンで焼いて、僕の分だけ食パンをトースターに入れて、彼には丸いパンと食べやすく小さくちぎった野菜を二つの皿に盛った。食欲旺盛な彼はもっと肉が食べたいと駄々をこねるかもしれないが、もうちょっとしてからまた作ればいいだろう。
 美しく盛り付けした二枚の皿をそれぞれ片手で持って恋人の元へ戻る。水皿は空になっていた。もう一度キッチンへ行き、グラスとオレンジジュースのパックを持って戻る。グラスと水皿に注いだ。
 リビングにテーブルはない。四足で移動する彼には必要ないからだ。僕はいつも、パソコン用に使っている木製の椅子を隣の部屋から持ってきてそれをテーブル代わりにしているのだけれど、休日で面倒だからいいやと一緒に床で食べることにした。
 両手を合わせる。
「いただきます」
 余程腹が空いていたのか彼は脇目もふらずガツガツと食べ始めた。そういえば昨日は晩御飯をあげていなかった。可哀想なことをしたなぁと、だぼだぼのTシャツがめくれ上がる背中を見ながらフォークを咥える。
 指の使い方を忘れた恋人は一人で脱ぎ着することが困難だ。でも全裸は流石にみっともないから大きいTシャツを買い与えた。これなら不器用な彼でも着ることができた。脱がすのは僕がやるから気にしなくていい。でも下着とかズボンは履けない。だから今みたいに頭の位置を低くするとシャツがめくれて下半身が露わになる。
「ゆっくり食べなよ」
 苦笑しながら裾を直してやると、弾かれたように顔を上げた。食べることに随分集中していたのか、両目をまあるくしている。口の端に目玉焼きの黄身がこびりついていた。人差し指で拭ってやり自分で舐める。
 昨日は仕事の帰りが遅かった。最近は残業を続けているが昨夜は終電を逃すほどで、タクシーで家に着いた頃にはあと数時間で太陽が登る時刻だった。恋人はとても寂しがり屋だから泣き疲れて寝ているかもしれないと予想していたが、実際はとんでもなく酷かった。綺麗に整頓していた本棚の中身は床に散らばり、DVDやCDは砕け、雑誌は食いちぎられていた。ティッシュや食器も似たような有り様で部屋の中に台風でも発生したみたいだった。残業を選んでいるのは僕自身だけれど、疲れて帰ってきてこの様相は残忍すぎる。
 部屋の中心で暴れ疲れて眠っている恋人の黒髪をわし掴みにし、キミがやったの? 寂しかったの? と息がかかるほど顔を近づけて優しく問えば、眉尻を下げて素直に頷いた。
 ズボンのベルトを引き抜き、褐色肌の両腕をまとめて縛った。四つん這いにさせて、ローションを人肌に温めずに臀部の狭間に落とすとそれは重力に従い垂れる。くっと背中が反り返った。乱暴に指を突っ込むとそこはもう自分で遊んでいたようで、さっさと引き抜いた。恋人が嫌っている張り型(ディルド)にローションを適当に塗って無言で挿入すると、ヒッと小さな悲鳴が漏れたが気にせずスイッチを入れて放置した。僕は部屋の掃除をしなくちゃならない。
 本当は帰宅したらすぐにでも恋人を抱き締めて柔らかなベッドで眠りたかった。そして目が覚めたらごめんねと何度も謝りながら頭を撫でてキスをしてご機嫌をとりたかった。そんな甘い夢を崩されて機嫌が悪かった所為か片付けにはやたらと時間がかかり、窓の外が白んできた。遮光カーテンを閉じてもうしばらく頑張ったら、やっと綺麗な元の姿に戻った。
 その頃には、四つん這いのまま床にペニスを擦りつけていた恋人は何回達したのか、汗と涙と涎と精液でぐちゃぐちゃに汚れていた。顔を覗きこむと弱々しく懇願するような眸で見上げられた。掠れた声が張り型のモーター音に紛れる。
「もうこんなことしない?」
 こくり。と頷いたのでやっとベルトを外してやる。
 開放された両腕はまず僕の首に絡みついた。膝の上に座り、唇を重ねて幾度も拙く舌を吸う。そこでやっと僕の疲れは全て吹き飛んだ。
 僕は彼のために生きている。僕の時間は全て彼のためにある。
 口吻に応えて張り型を引き抜くと、恋人は上目遣いで号令を期待して身体をくねらせた。良し、と号令を掛けると手首に赤い痣を残した腕はズボンに伸びた。この時だけ彼は指の使い方を思い出す。
 一人で勝手に達していたはずなのに、しがみついて腰を振ってちっとも離れなかった。いつもは空っぽになるまで僕が求めると許しを請うくせに、この時はもう出なくなってるよと教えても泣き顔で甘ったるい声を出し続けた。
 僕の全ては彼のためにあるように、彼も僕がいないと生きていけないのだ。これ以上の幸せがあるだろうか。
 皿に広がった目玉焼きの黄身を全て舐め尽くした恋人は、僕よりも早く朝食を終えて待っている。こちらの皿には目玉焼きがあと一つ。黄身と、恋人の顔を見比べて皿に顔を近づけた。半熟でドロドロの黄身を直接唇で啜る。目の前の身体がぶるりと震えたのが判った。
「昨日いっぱいしただろ」
 笑いながら告げると、物欲しそうな表情をしたままだが堪えている。あと数時間は我慢できるだろう。
 恋人は、言葉を喋ることも忘れてしまった。彼の声はご飯や飲み物を催促するときと、甘えてくるとき、交尾をしているときだけで他に使う必要ない。そんなものがなくっても僕たちは気持ちを通わせることができる。もう人間らしい行動も取らないけれど、それがなんだって言うんだ。
 恋人は外の世界が嫌いだ。仕事ってやつが僕を取り上げてしまうから。僕だって外の世界は要らない。お金を貯めたらすぐに辞めてやる。食べるものがあって、寝るところがあって、最愛の人が隣にいて、それ以上何かを望むのは贅沢だ。たった二LDの、この閉じられた世界こそが楽園だ。
 カーテンの隙間に何かが隠れていた。昨日の掃除が行き届かなかったのだろう。僕は立ち上がりそれを拾う。
 何の写真かしばらく気付かなかった。春なのだろう、色とりどりの花畑を背景に二人の男が幸福そうに笑っている。
 一人は、僕だった。この頃は金髪だったが今の僕は色素が抜け、白というより銀髪だ。黒い服を着るようになったのは恋人の好みに合わせてだが、この頃は碧かった目も赤く変わった。
 隣にいるのは恋人だ。今は室内犬らしく柔らかでしなやかな体つきだが、写真の姿は筋肉質だ。地方の強い訛りを持っていて、彼だけが使う特別なアダ名で呼ばれていた。それは、なんて名前だったか。
 振り向く。
「ねぇ、僕のこと呼んで」
 恋人は怪訝そうに首を傾げてしばらく考えたあと、一度だけ口を開いた。
「わんっ!」
 僕は嬉しくなって堪えきれず、ゴミ箱も見ずに写真を捨てた。
「うん、そうだね」
 細い体を抱き寄せ唇を交わす。
 キミと僕だけの世界に、呼び名なんて必要ない。
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