上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 底が知れないほど透き通った空は広く、傷を負った月は大きく、雲ひとつ浮かんでいなかった。砂の大地だけが茫漠と続く人工灯の存在しない夜に、月光や星明かりが照らす力は強い。
 ヴァッシュは夜空に落ちることを望むように腕を伸ばす。
「星が、きれいだね」
「誰のせいや」
 腕を止め、一人分以上離れた場所で毛布に包まっている背中にヴァッシュは苦笑する。
「だからゴメンって。まさか地図の向きが変わったなんて思わなくてさ」
「オドレが救いようもどーしようもないドアホやとよう判ったわ」
 強風に煽られた地図が顔面にへばりついた瞬間を思い出す。あのときに向きが変わってしまったのだろう。剥がしてすぐに確認をしなかったのがもちろん一番悪いのだが、サイドカーに住まう睡魔は手強いのだ。
「でもさ、代わりに素敵な夜空が見られてラッキーじゃない。星が宝石みたいだよ」
「換金でけへん宝石よりベッドと屋根の方が欲しいわ」
「ほら見てあそこ! 赤と青の星が並んでる。僕たちみたいじゃない?」
「聞けや、人の話」
「あ、流れ星」
 音が聞こえそうなほど強く瞬いた星が、尾を引きながら大きな弧を描いた。身動ぎしたウルフウッドの眸に星明かりが落ちる。
 夜陰の中に浮かぶ白目が静かになった空を詮索している。
「大墜落も、あんな感じやったんやろか」
 まだこの星を知る前、三人で暮らしていた懐かしい日常が悪夢のように降ってくる。
 彼はどこまで知っているのだろうか。慄きそうになるのをこらえ、声だけ笑う。
「あんなに強く光ってたら、燃えて塵になっちゃうよ」
 燃えて塵になったシップも多くあった。まだ幼かったためその規模は把握できなかったが、両手足の指を使っても足りないはずだ。
「地球に、行きたい?」
「ロステクがぎょうさん生きとるんやろ、想像つかんな」
 凪いでいるときに無言になると幻聴がやってきそうで、ヴァッシュは毛布を顔まで手繰り寄せた。吐き出した息がかろうじて鼓膜を震わせる。
「観光スケジュールなんぞ立てても無意味やろ。それより明日のメシや」
 引っ掛かりを覚え、片腕で体を少しだけ起こして今の言葉を反芻する。
「観光? 住むんじゃなくて?」
「なんで大規模な引越しせなアカンのや。プラント運んできてもらえばええやろ」
「でもこっちの技術が追いつくのってすごい時間がかかると思うよ。贅沢だってこっちよりしやすいだろうし、地球は水の惑星って言うし、それに――」
「ワイのホームはここや」
 耳元で騒ぐ蚊を追い払う仕草に似た口調だった。
 身体のこわばりが解け、ゆっくりと息を吐く。
「そっち行ってもいい?」
「こないな所でサカんな」
「違うよ、ひっつきたいだけ」
「アカン」
 構わずに、寝転がったままにじり寄って額を付ける。背や肩の筋肉をしきりに動かされるがそれ以上の抵抗はない。
「地球では、流れ星にお願いをすると叶うって言われてるんだよ」
「ンなわけないやろ。おめでたいヤツらやな」
「ロマンチックって言おうよ」
 目を瞑り鼻を押し当て、毛布と砂の奥にある汗と煙草を肺に満たす。
「もしあれが流れ星なら、君は流れ星の子供。きっと願いを叶えるために生まれてきたんだよ」
「頭悪い三段論法やな。アホなこと考えんではよ寝ろ」
 ウルフウッドは寝息が混じった深い息を吐いた。
 単なる好意では片付けられない感謝と謝罪に潰されそうになる。
「君の願いは僕が叶えてみせるよ、きっと」
「ワイの願いは寝ることや。もう黙れ」
「うん」
スポンサーサイト



最近の記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。