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 自分のよりも細くて白い指がぱちりぱちりと爪を切っていく。安普請の宿の一室に男が二人、テーブルを挟まず椅子に腰掛け対面している。
 他人に爪を切ってもらうことになった経緯はほんの数分だけ遡ればいい。
 コートを脱いだ金髪の男は、黒髪の男が風呂を上がるなりこう言った。キミの爪を切らせてくれ。黒髪は自分の爪を見た。確かに伸び気味ではあるが放置していれば勝手に割れるからこのままでいい。金髪は首を振った。爪の罅が深すぎて血が滲んだ指を知っていたからだ。
 金髪は椅子を向かい合わせに並べた。黒髪は煙草と灰皿を用意した。火が点いた煙草を咥えだらしなく座る。正面に座った金髪に片手を好きにさせ、もう片方の手で頬にへばりついた髪をタオルで乱暴に拭った。細かい水飛沫が弾ける。
 三本だけ整えると爪切りを置き、蝶の羽に接するように両手で丁寧に広げた。銃だこのできた皮膚の分厚い無骨な手を観察して何が面白いのか、金髪は愛おしそうに微笑んでいる。
 さっさとしぃや。気怠く促すが効果はない。金髪は短くした爪と指の腹をじっくりと撫でる。他の人に爪を切ってもらうのって妙に官能的だよね、特に風呂上りの柔らかな爪はさ。脳味噌に虫でも湧いたかと呆れると、金髪は背を丸め、粘膜でぬめった舌を覗かせ四本目の爪へ這わせた。口腔の湿った息が熱い。
 舌を伸ばし、指と爪の間へ、刺し傷を広げるように捩じ込ませた。爪の間に唾液が溜まり指先が舌で圧迫される。傷口を開かれているような痛みを錯覚し腕を引こうとした。力強く握りこまれ逃げられない。指紋の溝一つ一つを読み取られ、関節が溶けると危惧するほどの偏執さ。根元まで咥え込み、歯列が指先までゆったりと皮膚を辿る。
 大きく吸った息を詰めると金髪は目線だけで見上げてきた。指先を挟む歯に力が増す。
 気色悪い上目遣いをするなと金髪の肩を足で押しのけた。手は離れなかった。じゃぁ、と金髪が立ち上がって一瞬。黒髪の視界はぐるりと回転し、椅子が床に打ち付けられた激烈な音が耳元で鳴る。覚悟した後頭部の痛みはなかった。金髪の手が緩衝材となったらしい。
 寝そべる形になった身体を金髪の影が覆う。膝が脚の間を圧した。気取られている。
 力なく拒絶の言葉を吐露すると、四本目にあっさりと爪切りがあてがわれた。ぱちんと軽い音が弾ける。黒髪は抵抗の意思を放棄した。
 優しい悪魔は粘度の高い本能を灯した眸を細め小さく微笑む。
 さぁ僕が欲しければ求めてごらん。爪も骨もグズグズに蕩けさせてあげるよ。
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