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 飼っていたグッピーが死んだ。最初は二匹だけだったのが気がつけば数えるのが億劫なほど増えていて、減らしたくて餌を与えずにいたら全滅していた。水面に、水草の繁みに、流木の陰に死骸が絡みついていて、鮮やかだった尾鰭は灰色にくすみ汚らしかった。一匹ずつ網で掬ってトイレに流した。
 水槽に残ったのはタニシだけになった。魚がいないだけで自分の肝臓だとか膵臓だとかも失われた気がして、取り戻すためにアクアリウム専門店に行った。室内の蛍光灯を点けていない代わりに人が通るのもやっとな間隔で並べられたたくさんの水槽の照明が青白く浮かんでいた。モーターや気泡の音が手術室を連想させる。目の前を古代魚が気怠そうに通過した。
 ――何をお求めですか。
 白っぽい髪と白っぽい口ひげを生やした眼鏡の老人が古代魚の後ろに立っていた。気泡の弾ける音が大きくなる。
 ――何か、魚を。小さいの。
 足元の水槽では赤金が何も考えずに泳いでいる。小さくてもこんな呆けた面構えなのは嫌だ、賢そうな知的な奴がいい。ではこれはどうでしょう、と赤金の隣の水槽を示された。片手で握り潰してしまえる大きさのメスの人魚が一匹眠っていた。ふわふわした金色の髪、薄い水色だが加減によって桃色にも紫色にも黄色にも見える鱗。瞳は何色だろうかと強くアクリル板を叩いた。碧色だった。値段はグッピーの倍程度。
 じゃぁこれで。餌はどうしますか。グッピーと同じじゃ駄目なの。老人は人魚の水槽の上に乗せている小さな箱を手にとって金属の把手を回した。歪んだ金属音がどこかで聞いたクラシックを奏でる。
 ――人魚は音楽を食べるんです。オルゴールが一番育てやすいですねぇ。
 じゃぁそれとおんなじの。透明の袋には人魚を、白い袋にはオルゴールを入れてもらい家に帰った。水槽に人魚を落とす。困惑した顔。赤金よりもグッピーよりもずっと賢そうだ。オルゴールを鳴らすと口をパクパクと動かした。餌に必死で食いつく姿はどの魚でも面白い。
 数日後に人魚は死んだ。餌は与えていたのに掃除もしていたのに。毎日覗いて水槽を叩いていたのがストレスとなったようで神経質な品種は面倒臭くっていけない。
 人魚の死骸はガラス玉みたいな碧色の眼と白い肌とぽっこりした腹部と虹色の鱗の姿のままで驚いた表情をしていた。網で掬い腹と鱗をひとしきり撫でで口に放り込む。泡立てた卵白みたいな食感でちっとも美味くはなかった。
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