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「悟浄ただいまー。猫拾ってきた」
「はぁ?」

 夕食の買い出しに行っていた焔は、帰宅の挨拶のあと、いつもは言わない言葉を付け足した。
 いわく、猫を持ち帰ったと。

 言葉を聞くのは簡単で、意味を理解するのも簡単で、ただ、状況を受け入れなければならないのが困難だった。悟浄からすれば、すでに動物を一匹飼っているも同然だ。これ以上増やす道義はない。

 部屋に入って来るなり、速攻で戻してこいと、恫喝することにきめる。

 猫を抱えて歩いているのだろうか。ドタドタと子供のような足音が響きながら、リビングへ通じる扉が開かれた。

「猫を飼うなんざ、駄目だから――うわぁ、なにそれ」

 焔に抱えられて入ってきた猫は、想像していた姿とは大きく異なり、悟浄は注意することを忘れてしまった。
 焔が猫と称しているであろう生物は、焔を幼児化して、黒い猫耳と尻尾をつけた姿だった。

 何故焔に似ているのかとか、何故耳と尻尾が生えているのかなど、さまざまな疑問が沸いては、頭蓋骨の中をぐるぐると回遊する。ろくな言葉が出てこない。
 だがそれに対し、いつだって焔は単純かつ適応性の高すぎる脳みそを持っている。

「なにって、猫だ」
「どこかだ」
「ねこー!!」
「猫はそんな自己紹介しません」

 右手を大きく挙げて自己紹介する自称猫に、悟浄は静かに突っ込む。最近焔に感化されているのか、無意識の範囲内で適応している。
 そんなことに小さくショックを受けていると、いつの間にか自称猫が近づいて、裾を引っ張ってきた。なんとなく不安そうな表情で見上げてくる。

「悟浄、まだ怒ってる?」
「なにが?」

 心当たりのない悟浄は眉をひそめ自称猫を見返す。だがそれをどう捕らえたのか、相手は怖じ気づいたように身体を小さくする。

「それは猫のところの悟浄じゃないから、怒っていないぞ」
「ちがう悟浄?」
「うん、ちがう悟浄」

 困っていたところへ人間焔がフォローを入れてくれたようだが、悟浄にはさっぱり意味が判らない。だが、自称猫には通じたらしい。大人しく悟浄の隣に腰かけた。

「いまサンマを焼くから、ちょっと待っててな」
「ん!」

 サンマという単語に耳をぴくりと震わせた自称猫は、元気に頷いたあと、ぶらぶらと足を尻尾を揺らした。飾りではなく、ちゃんと神経が通っているらしい。

「お前、なんであれに拾われたわけ?」
「んと、悟浄とケンカして家出した!」
「悟浄って……さっき言ってた俺じゃない悟浄?」
「ん!」

 もう一度元気に頷く自称猫に、悟浄は頬杖をついて考えた。
 どうやら、同じ悟浄という名前の奴に飼われているらしい。
 何故獣の耳と尻尾が生えているかはやはり不明だが、考えたところで回答が得られるとは思えない。警察を呼ぶ気もなかった。こんな子供が、研究対象になるのは忍びない。

「で、ケンカの原因は?」
「悟浄が女のひとと仲良く話しててムカついた!」
「やることまででかいのと同じかよ」
 
 サイズは違えど、同じ理由で人間焔とケンカになったことがある。あのときは、髪の毛を引っ張られて、最終的に泣き出した焔をなだめて終結した。大の男が泣いたのにも驚いたが、些細なことで情緒不安定になられたのにも驚いた。
 背中や頭をさすってやりながら、「愛されてんだなー。俺」などと、他人事のように胸中で呟いたことが、妙に印象に残っている。

「悟浄、まだ怒ってるかな?」
「ん? 別に、本気でお前のこと嫌っちゃいねぇだろ」
「ほんと?」

 縋るような目と一瞬だけ視線を合わせる。

「あぁ、お前んところの悟浄も、お前のこと好きだから、帰ったらちゃんと謝れ」
「ん!」

 三度目の頷きに、悟浄は自称猫の頭をくしゃくしゃと撫でた。そのときのはにかむような笑顔が、人間焔にとても似ていて不思議な気分になる。

「悟浄、泣いてるかもしれないから帰る」
「泣いてねーだろ。多分」

 自称猫が言っている悟浄がどんな人物かは知らないが、同じな名前なのだから、多分すぐに泣きはしないだろう。きっと。

 ソファーから飛び降りると、自称猫はキッチンのところへ駆けていった。どんなやりとりをしているのかここからでは見えないが、ときおり「ラップー!」「タッパー!!」などと甲高い叫び声が聞こえる。どうやらサンマはお持ち帰りをするらしい。

 人間焔に土産を包んでもらった自称猫は、ぺこりと頭を下げると手を振った。それに軽く手を振って返してやる。別れの挨拶ならどちらかだけでいいだろうに、無駄な動作の多い奴だ。
 人間焔が玄関まで見送ると、「へいき!」と声が響いて、扉が閉まる音がした。

 しばし訪れる静寂。

「帰ってしまったなぁ」
「そういやぁお前、今日は静かだったな」
「魚焼いていたから」

 焔は、先ほどまで自称猫が座っていた定位置に腰を落ち着け、胴に腕を絡ませてきた。いつもと同じ一方的な抱擁だが、いつもより少し、べったりとしている。

「どした?」
「んー、悟浄がおれのこと好きって言ってくれたから」
「言ってねぇだろ」
「言ったぞ。お前の悟浄も好きだって。つまり、おれの悟浄も好きだという意味だろう?」

 上機嫌で見上げてくる焔を無視して、煙草に手を伸ばした。左手で頭をかばってやりながら、ライターで火を点ける。

「言ったっけかな」
「言った言った。おれのこと大好きでラブラブだって言った」
「そこまで言ってねぇだろ。絶対」
「言ったぞー」

 かばうために頭に回した手で目尻を撫でてやれば、焔は嬉しそうに目を細めた。
 やっぱりこっちの方がいいなどと思ってしまい、天井に向かって紫煙を吐き出す。

「ヤキが回ったなー」
「んー? 幸せ」

 オレンジ色の夕焼けに染まった、ちょっとだけ不思議なラブ日和。
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